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折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~

CASE4 心身論の変遷と現代西洋医学の問題(その②)

この記事の執筆者

スピックメディカルパートナー 鎌倉元氣クリニック

1993年日本医科大学医学部卒業。同大学付属病院麻酔科学教室、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)ペインクリニック科、医療法人誠之会氏家病院精神科・麻酔科などを経て2017年10月よりスピッククリニ ... [続きを見る]

自己紹介

患者様に寄り添う医療をモットーにしています。

ストレッサーに晒されると、人間の体は生存のためにダイナミックに変化し、交感神経が緊張状態となって心拍数や血圧の上昇、発汗、瞳孔の散大などの「闘争・逃走反応」が起こる。加えて、コルチゾールが分泌され、血糖値を上げ、炎症や出血に備える。これらは短期的には生体にとって有利な適応反応であり、「アロスタシス」と呼ばれる。一方、外的変化にかかわらず内部環境を一定に保つ仕組みは「ホメオスタシス」といい、生体はこの二つの正反対の仕組みを同時に内包しながらバランスを保っている。このことが生命の奥深さを物語っている。

短期的な適応反応であるアロスタシスとは

前回は、心身二元論的な考え方に対する精神医学からの、さらにはストレス学からの反証について概略を述べました。今回はまず、ストレッサーに伴う生体反応を詳しく補足し、次に心身二元論に対する脳科学・大脳生理学からの反証を紹介し、心身論の変遷を辿りながら人間存在の本質に迫ってみたいと思います。前回、ストレッサーに晒された際に起きる一連の生体反応は、短期的には生体にとって有利に働く適応反応であると申し上げました。どういうことかといいますと、ここで生きるか死ぬかの瀬戸際といった臨戦態勢を想像してみてください。私たちの祖先は弱肉強食の時代を生き抜いてきたわけですが、もし凶暴な肉食獣が今にも襲いかかってくるような状況でのんびりと構えていたら、きっとすぐに命を落としてしまったでしょう。ですから、私たちは古来このような非常事態には体の状態をダイナミックに変化させて対処してきたのです。具体的には、交感神経を緊張状態にして闘うか逃げるかどちらかで乗り切ろうとするわけですが、交感神経が緊張するとアドレナリンなどの作用により心拍数は増加し、筋肉や血管は収縮し血圧が上がります。また、手からの発汗を促し手に持ったものが滑らないようにしたり、遠くまで見渡せるよう瞳孔が散大したりするなどいわば戦闘モードになりますが、これは「闘争」する場合だけでなく、「逃走」する場合も同様です。さらには、このような状況で低血糖では体が思うように動きませんから、血糖を強力に上げる作用のある「コルチゾール」が分泌されます。コルチゾールは炎症を抑制したり血液凝固を促進したりする働きも併せ持ちますが、これは闘争・逃走時に起こり得る炎症や出血に備えているわけです。このようにして私たちは、みずからの体をダイナミックに変化させて外界の変化に対応しようとしますが、こうした仕組みのことを「アロスタシス」といいます。一方、外界が変化しても内部環境を常に一定の状態に保とうとする仕組みのことを「ホメオスタシス」といいますが、「アロスタシス」と「ホメオスタシス」のように、それぞれ正反対ともいえる仕組みを同時に内包しながらバランスを保っているのが生命の深遠さです。

ストレス持続状態の心身への影響

さて、本来短期的な適応反応であるアロスタシス(ここでは交感神経の過緊張状態やコルチゾールの過剰状態)が長く続いてしまうと、さまざまな問題が起こってきます。具体的には、動脈硬化や糖尿病、高血圧症、虚血性心疾患、脳血管疾患などの発症に繋がってしまう可能性があるわけです。

さらに、コルチゾールの過剰状態は、脳神経系に対してもさまざまな問題を引き起こすことがわかってきました。私が医学部の学生時代には、「脳神経細胞は基本的にある一定の年齢以降は増えることがなく、減る一方である」と教わりました。しかしその後、脳の一部の領域では神経細胞が増え続けることがわかってきました。

その1つが、タツノオトシゴのような形をしていることから「海馬」と呼ばれる、記憶に関わる重要な領域です。特に歯状回と呼ばれる海馬の入り口に相当するエリアの神経細胞は、大人になってからも、更には老齢になってからも新生し続けることがわかってきたのです。ですが、コルチゾールの過剰状態が持続してしまうと、歯状回における神経新生がストップしてしまうことが明らかになってきました。さらに、脳由来神経栄養因子(BDNF:Brainderivedneurotrophic factor)という物質は、神経細胞の新生には不可欠なタンパク質ですが、やはりコルチゾールの過剰状態で減少してしまうことが確認されています。

現在では、ストレス過多に伴う過剰なコルチゾールとうつ病の発症には密接な相関関係があることがわかっており、実際に重症のうつ病患者さんでは、海馬の体積が通常の半分以下に減少してしまっている事例も確認されています。

このようにして、精神的ストレッサーに晒され続けることで、生活習慣病のような身体疾患が引き起こされたり、うつ病のような精神疾患も神経細胞の減少という身体性を介して引き起こされたりすることは、私たちの心身がそれぞれ完全に独立して存在するのではなく、相互に密接に関わり合っているということの証左と考えられています。

心身論からみた現代脳科学の変遷

ここからは、最もドラマティックな展開を辿ることになる、心身二元論的な考え方に対する脳科学からの反証についてみていきましょう。現代の脳神経科学においては、還元主義的な考え方が根本理念となっています。ここでいう還元には、2つの側面からの捉え方があります。それぞれ簡潔に述べると、1つ目は「部分は全体に還元される」という考え方であり、2つ目は「心の働きは脳に還元される」という考え方ですが、これだけではわかりにくいので、それぞれ順に補足しながらみていきましょう。

まず、「部分は全体に還元される」という考え方ですが、この基本になっているのが、カナダの脳神経外科医でマギル大学教授を務めたワイルダー・ペンフィールドによる「脳機能局在論」です。ペンフィールドは、局所麻酔薬の効果を調べるにあたり、開頭された状態で脳の表面に電気刺激を行ったのですが、その際に特定の脳の部位を刺激すると特定の反応、例えばそこが運動野であれば、手が動く、足が動く、といった反応が起こり、それが感覚野であれば、何らかの映像が浮かんだり、匂いを感じたり、という現象が生ずることを観察しました。

これによりペンフィールドは、「脳の機能は、それぞれ特定の部位が別々の機能を担っており、それを集約させたものが脳機能の全体である」という考え方に至りました。これが脳機能局在論です。

(図:ペンフィールドのホムンクスル)

続いて「心の働きは脳に還元される」という考え方についてですが、これは少し言葉を補足すると、「心の働きは脳の生理的活動に還元される」ということになります。脳の生理活動、すなわち中枢神経系の活動を担っているのは主として神経細胞ですが、神経細胞の基本的な機能は、神経細胞に入力刺激が入ってきた場合に活動電位を発生させ、他の細胞に情報を伝達することです。

神経細胞は主に3つの部分、すなわち細胞核のある細胞体、他の細胞からの入力を受ける樹状突起、他の細胞に出力する軸索に分けられます。前の細胞の軸索終末と後ろの細胞の樹状突起の間の情報を伝達する部分には、微小な間隙を持つシナプスと呼ばれる伝達構造が形成されており、シナプスでの情報伝達を担っているのが神経伝達物質です。

具体的には、次の細胞を興奮させる興奮性神経伝達物質としてはノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどが、次の細胞を抑制する抑制性神経伝達物質としてはγ-アミノ酪酸(GABA)などが、臨床上重要になります。

例えば、脳内におけるセロトニンの減少がうつ病の発症と密接に関わっているなど、我々の心に対してさまざまな影響を及ぼすことが知られていますが、こうした神経伝達物質の作用や、あるいは脳における電気生理的な活動そのものが、とりもなおさず我々の心を作り上げている、という考え方が、「心の働きは脳に還元される」という言葉の持つ意味です。

さて、こうした還元主義的な考え方は、「心=(体の一部としての)脳」という捉え方であるわけですから、実は形を変えた心身一元論とみることができます。ただし、こうした還元主義的心身一元論は、「唯脳論」とでも言うべき考え方であり、古来よりのアニミズム的心身一元論とは明らかに一線を画するものです。心身二元論的な考え方に対する脳神経科学からの反証は、このような変遷を経て、還元主義的心身一元論への疑問となっていくのです。

※本記事は「統合医療でがんに克つ」(株式会社クリピュア刊)にて掲載された松村浩道先生執筆の「折れない心身を育む」より許可を得た上で転載しております。

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