SIBOとは、Small Intestinal Bacterial Overgrowthの略で、日本語では「小腸内細菌異常増殖」と訳されます。ここでいう細菌とは、通常大腸には存在してもおかしくないものの、小腸で異常繁殖するとさまざまな問題を引き起こす細菌で、そのほとんどは生育に酸素を必要としない嫌気性菌であり、小腸粘膜の炎症や吸収不良に関与することがわかっています。
折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~
CASE6 ボディのレジリエンスを高める方法~腸内環境(その②)
前回は、私たちの健康増進や病気の原因と密接に関わっている腸内環境について、主に生体バリアシステムの概略と腸内フローラの働きについて述べました。引き続き腸内環境の重要性について話を進めますが、今回は腸内細菌叢のバランスが崩れたディスバイオーシスという状態の典型であるSIBOについて、さらにそれによって引き起こされる腸管壁浸漏症候群について解説します。
SIBOとは
SIBOは、過敏性腸症候群や後述する腸管壁浸漏症候群、カンジダ症、食物不耐性などと密接に関わっていることが指摘されており、こうした腸内環境の増悪は、いわゆる不定愁訴や全身の炎症などにも関与していることが次第に明らかにされつつあります。SIBOを有する患者さんは必ずしも症状を示しませんが、腹部膨満や下痢、ディスペプシア(胃の痛みやもたれなど、腹部の不快な症状)などを呈し、栄素の吸収不良を起こすことが知られています。
しばしば臨床上問題となるのが、必須ミネラル、中でも亜鉛や鉄の吸収障害で、これらは我々の心身にさまざまな悪影響をもたらす可能性があります。
亜鉛は約300種類の酵素反応の共同因子として重要で、酸化還元反応のほか、多くの代謝プロセス(核酸、タンパク質、炭水化物)において機能しており、不足する場合には味覚障害、慢性下痢、汎血球減少、皮膚炎、情緒不安定などを呈します。また、亜鉛は前回述べた生体バリアシステムの全ての層において重要な役割を果たしており、亜鉛不足により腸内細菌叢のバランスが乱れ、粘液層が脆弱となり、さらには以下に詳しく説明するタイトジャンクション機能にも悪影響を及ぼします。
また鉄が不足すると、動悸、めまい、肩こりなどの不定愁訴のほか、皮膚、爪、髪の毛のトラブルといった身体的な症状のほか、抑うつや注意力の低下、イライラ感などの精神症状を呈することがあります。
細菌異常増殖の原因
細菌の異常増殖が起こる理由はさまざまですが、そのうちの一つとして胃酸の分泌不足があげられます。胃酸は非常に酸度の高い液体で、それ自体が強い静菌作用を持っていますので、胃酸の分泌が少ないと細菌が繁殖しやすくなります。また、タンパク質を分解するペプシンは、もともと非活性型のペプシノーゲンとして胃の主細胞から分泌されますが、それが胃酸によってペプシンに変わることでタンパク質を分解する作用を発揮します。したがって胃酸の分泌が少ないと、タンパク質が未消化のまま小腸に届くことになり、これがバクテリアの栄養源となって細菌繁殖の原因となります。
さらにSIBOの原因として、ストレスが密接に関わっていることも明らかになっています。連載第3回で、ストレスが生体に加わると、視床下部│下垂体│副腎系(HPA系)と交感神経系を介して、アドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンが分泌されることについて述べましたが、アドレナリンが小腸でバクテリアを繁殖させる要因となることがわかっています。アドレナリンには、腸の蠕動運動を抑制する働きがありますが、小腸の蠕動運動が抑制されることによって、より下流である大腸に細菌が押し出される働きが低下することで、細菌が小腸で長く生息できるようになり、さらに腸での食物の停滞がおこることによっても、それらが細菌の栄養源となってしまうわけです。糖尿病の患者さんでは、腸管運動の低下に伴う細菌異常増殖が起こりやすいといわれています。
また近年、アドレナリンなどのカテコラミンに反応する、「QseC」という細菌側の受容体が同定されました。受容体とは、何らかの刺激を受け取って、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のことで、わかりやすくいえば鍵穴のようなものです。鍵であるアドレナリンが鍵穴である細菌の受容体に結合することにより、直接的に細菌が増殖したり、病原性が増強したりすることがわかっています。
このようにして引き起こされる細菌異常増殖は、消化器系の生体バリアシステム、なかでもその要ともいえる腸管上皮細胞の物理的なバリア機能に悪影響を及ぼします。ここからは、腸管上皮細胞のバリア機能「タイトジャンクション」が障害されることで引き起こされる 、腸管壁浸漏症候群(Leaky Gut Syndrome:LGS)についてみてまいりましょう。
LGSとは
LGSは、腸管壁の透過性が過度に亢進した状態で、具体的には腸管上皮細胞が形成する緻密な構造(タイトジャンクション)が一部破綻し、本来ならば血管内に入れないはずの分子量の大きいタンパク質や、腸内細菌由来のエンドトキシン、さらには腸内細菌そのものが侵入することで引き起こされる症候群です。私がこの概念を知った十数年前は、消化器科の医師にLGSの話をすると、「そんなわけがない」と一笑に付されたものでしたが、現在では医学専門誌でも特集されるようになりました。
腸管上皮細胞におけるタイトジャンクションは、上皮細胞同士を機械的に繋ぐことで物理的なバリアを形成しますが、細胞同士を繋ぐ役割を担っているのが、オクルディン、クローディンなどのタイトジャンクションタンパクです。これらタイトジャンクションタンパクが、あたかも紐のように腸管上皮細胞同士を結びつけていると考えるとわかりやすいかと思います。
近年話題になっている小麦に含まれるグルテンによる弊害の一つに、このタイトジャンクションタンパクへの影響があります。グルテンタンパクを構成するアミノ酸重合体であるグリアジンは、粘膜細胞においてゾヌリンというタンパク質をつくります。このゾヌリンが腸管粘膜から分泌され、腸管上皮細胞に近接するゾヌリン受容体に接着すると、タイトジャンクションタンパクが切断されてしまうことがわかってきました。このようにしてタイトジャンクションが緩むと、本来は入り込めない病原菌や腸内細菌、毒素などの外来異物の侵入を許してしまうことになるわけです。
LGSの原因として、グルテンのほか、同様に麦類や豆類に含まれるレクチン、サポニンなどが、さらに非ステロイド系消炎鎮痛薬や抗生物質などの医薬品、食品添加物として使用されている化学物質や清涼飲料水の甘味添加物である果糖などが知られています。また、SIBOのように異常増殖した細菌が腸管の粘液層を障害することも、LGSを引き起こす原因となることがわかっています。
LGSは、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患のみならず、糖尿病、多発性硬化症、食物アレルギー、自己免疫疾患、自閉症、その他さまざまな全身疾患にも関与していることが次第に明らかにされつつあります。
このようにLGSは、全身の慢性炎症を引き起こす可能性があることが指摘されていますが、こうした慢性炎症の持続は、発がんプロセスにおいて、がんの発症に促進的に働いてしまうことが知られています。腸内環境が良好に保たれている場合、一部の腸内細菌が食物繊維を分解して産生する短鎖脂肪酸は炎症を抑える方向に働きますが、腸内細菌叢のバランスが崩れると、短鎖脂肪酸の産生が減少し慢性炎症状態となり、発がんの可能性が高まると考えられています。
終わりに
次回は、SIBOおよびLGSの診断法や治療法、予防法についてお伝えするとともに、腸内環境を整えることの重要性について更に深めていく予定です。
※本記事は「統合医療でがんに克つ」(株式会社クリピュア刊)にて掲載された松村浩道先生執筆の「折れない心身を育む」より許可を得た上で転載しております。
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