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折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~

CASE6 ボディのレジリエンスを高める方法~腸内環境(その①)

この記事の執筆者

スピックメディカルパートナー 鎌倉元氣クリニック

1993年日本医科大学医学部卒業。同大学付属病院麻酔科学教室、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)ペインクリニック科、医療法人誠之会氏家病院精神科・麻酔科などを経て2017年10月よりスピッククリニ ... [続きを見る]

自己紹介

患者様に寄り添う医療をモットーにしています。

前回までは、レジリエンスについての総論的な内容について述べ、さらに心身論の変遷やスピリット概念まで含めた三位一体の人間観について言及してきました。いよいよ今回から、ボディ・マインド・スピリット三位一体の健康観に立脚し、そのそれぞれに対してレジリエンスを高めうる具体的な方法を各論として述べていきます。

はじめに、この3つのなかでも、我々人間存在の礎となる体(ボディ)を対象に、レジリエンスを高める方法についてみていきましょう。身体的なレジリエンスを高める方法のトップバッターとして、今回から数回にわたり、私たちの健康増進や病気の原因にも密接に関わっていることが明らかにされつつある、腸内環境を取り上げたいと思います。

生体バリア機能とは

さて、敢えてわかりやすく例えるならば、私たちの体は「ちくわ」のようなものです。口から肛門までは1本の管で繋がっていて外部と交通していることを考えれば、この比喩もご理解いただけるかと思います。外部と繋がっているのですから、腸管内(管腔内)は不潔な領域ということになりますが、一方で、血管内や腹腔内は清潔な状態、つまり無菌状態に保たれています。同じ体の中で、清潔な領域と不潔な領域が存在しているということは、その間にバリアがあるということになります。こうした人体におけるバリアのような働きを生体バリア機能(図)といいますが、まず第1のバリアとして重要なのが、腸内細菌のバランスが適正に保たれていることです。私たちの腸内には数百〜数千種類、数にして百兆〜千兆個と想定される膨大な数の腸内細菌が棲息しており、独自の腸内細菌叢を形成しています。

それはあたかも、さまざまな花が咲き乱れたお花畑(flora)のようであることから、『腸内フローラ』とも呼ばれます。余談ですが、腸内細菌叢の解析が主に培養法で行われていた時代は、このように腸内フローラという表現が一般的でしたが、近年、その解析に遺伝学的手法が取り入れられるになってからは、「microbiota(マイクロバイオータ)」あるいは「microbiome(マイクロバイオーム)」 という表現が主流になっています。

さまざまな腸内フローラの働き

さて、私たちの腸内に棲み着いている腸内細菌は、ヒトと共生し、生体に対してさまざまな作用を有することが知られています。既に述べたように、バランスが整った状態の腸内フローラは、第1のバリアとして感染防御作用を発揮します。具体的には、外部から侵入しようとする病原菌(外来性病原細菌)に対して、既存の腸内細菌たちは栄養物の摂取に関して競合的に作用することにより、病原細菌の増殖を抑制します。簡単に言いますと、「餌の奪い合いにおいて競り勝つ」ということです。

さらに腸内細菌は、病原細菌の腸上皮細胞(図)への付着に対しても、それを抑制する方向で作用します。このような病原細菌の定着を阻止するための定着抵抗性(colonizationresistance:CR)には、直接作用と間接作用があることがわかっています。直接作用としては、前述した栄養素を病原細菌と競合することで排除する機構に加えて、常在細菌が産生するバクテリオシンなどの抗菌物質による殺菌などが考えられています。また腸内常在細菌は、腸上皮細胞からの粘液や抗菌ペプチドの産生を促すことで粘液バリア機能を増強したり、宿主抗菌免疫を誘導したりすることによって、間接的に外来性病原細菌の定着、増殖を阻止しています。この粘液層には、抗菌ペプチドのほか、IgAといった免疫グロブリンも分泌され、第2のバリアとして機能することになります(図)。ちなみに、腸上皮細胞は抗菌ペプチドやIgAを分泌するだけでなく、それ自体が物理的な障壁となり第3のバリアを形成しますが(図)、腸上皮細胞によるバリア機能については次回詳述します。

さて、腸内常在細菌による病原細菌の抑制作用は、動物実験においても示されており、腸内フローラが存在しない無菌動物では、通常の動物では感染及び発症が起こらないような病原菌でも、容易に感染・発症してしまうことがわかっています。腸内細菌はまた、宿主には存在しない代謝遺伝子を有することで、宿主が分解・生成できない栄養素の供給源となっています。具体的には、酢酸塩、酪酸塩、プロピオン酸塩、コハク酸塩、乳酸などの短鎖脂肪酸やビタミンなどの生成に密接に関わっています。短鎖脂肪酸は、宿主のエネルギー源として利用されるだけでなく、腸管を刺激して蠕動運動を活発化し便秘解消に寄与することがわかっているほか、短鎖脂肪酸が増加することで腸内のpHが低下すると(酸性に傾くと)、有害細菌の発育を抑制すること、さらにはミネラル吸収促進作用やコレステロール合成抑制作用、神経伝達物質であるセロトニン分泌促進作用もあることが明らかにされています。ちなみに、一部の腸内細菌は、β-グルコシダーゼやアゾレダクターゼといった発がんに関与する酵素を産生することが知られていますが、乳酸菌などは、これら発がんに関連する酵素活性を低下させる働きを持つことがわかっています。

免疫系への影響

さて、腸管は消化器官であると同時に、生体で最大の免疫系組織でもあることは比較的よく知られていますが、腸内フローラが宿主の免疫系に対しても大きな影響を持っていることが明らかにされつつあります。

例えばパイエル板という組織は、空腸、回腸に点在する免疫器官の一つですが、パイエル板のなかには多数のリンパ球、特にB細胞が存在しています。B細胞とは、抗体を産生して外敵と戦う免疫細胞です。腸内細菌をできる限り排除した無菌マウスにおける研究では、このパイエル板や腸間膜リンパ節が、通常のマウスに比べてサイズが小さく、細胞数も少ないこと、さらに前述したIgAを産生する細胞も少ないことが示されています。また免疫細胞のうち、ヘルパーT細胞は、他の免疫細胞のはたらきを調節する司令塔の役割を果たしています。具体的には、マクロファージから受け取った情報をもとに、敵の性質や特徴、弱点を分析し、侵入した敵に対して的確な攻撃をするための戦略を決める働きを持ちます。ヘルパーT細胞のなかには、感染防御に重要なTh17細胞、過剰な炎症を抑える制御性T細胞のほか、さまざまな仲間がいることがわかってきましたが、無菌マウスにおいてはTh17細胞や制御性T細胞の数も減少してしまうことがわかっています。無菌マウスで観察されるこれらの免疫不全の多くは、通常マウス由来の腸内フローラの移植、つまり糞便移植を実施することで正常化することも示されています。

これまでみてきましたように、腸内フローラの適正化は、まさしくレジリエンスを高める方向で作用することになるわけですが、具体的な方法については、次回以降、腸内環境についてもう少し詳しく補足しながら、適宜お伝えいたします。

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