前号までに口腔と腸・脳の様々な連関を考えてきました。ではそれが実際の臨床にどのように関わるかを確認することにしましょう。時空の繋がりは机上論ではなく、私達の眼前の臨床に現れています。
宇宙と宇宙を繋ぐ(4)歯周病と腸内環境の健康が重要!
糖尿病、妊娠、肝臓疾患、認知機能、脳血管疾患のすべてにおいて、歯周病と腸内環境の健康が重要です。糖尿病患者は歯周病にかかりやすく、これが糖尿病管理を困難にします。腸内環境の乱れが炎症を引き起こし、これがさらに悪影響を与える可能性があります。妊娠中の歯周病は早産や低体重児出産のリスクを高め、食事による腸内環境の悪化も同様にリスク要因となります。肝機能の低下は歯周病を悪化させ、逆に歯周病が肝疾患を進行させる可能性もあります。さらに、歯周病による慢性炎症が認知機能の低下や脳血管疾患のリスクを高めることも示唆されています。これらの研究から、口腔衛生と腸内環境の管理が脳機能を含めた全身の健康維持に不可欠であることが明らかです。
・糖尿病と歯周病・腸内環境
糖糖尿病患者は歯周病のリスクが高く、歯周病があると糖尿病の管理が難しくなることが知られています。さらに、腸内環境の乱れが炎症を促進し、これが糖尿病と歯周病の双方に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。Lalla らは、歯周病が糖尿病患者において血糖コントロールに影響を与える1)ことを示しており、歯周治療がHbA1cの改善に寄与する可能性があると報告されています。また、Larsenらは、腸内細菌の多様性が低下すると炎症性サイトカインが増加し、糖尿病や歯周病の進行に関与することを示しました2)。<図1>
図1 血糖コントロールの状態が腸内細菌叢に有意に影響を与える。文献2より引用改変
以上より、糖尿病の管理において口腔衛生や腸内環境の改善が重要であることが示唆されます。腸内環境を整えることが歯周病の予防や糖尿病の進行抑制につながる可能性があるため、包括的なアプローチが求められるといえるでしょう。
・妊娠と歯周病・腸内環境
妊娠と歯周病の関係について、多くの研究で妊婦の歯周病が早産や低体重児出産のリスクを高めることが示されています。歯周病が引き起こす慢性的な炎症が、プロスタグランジンや腫瘍壊死因子(TNF-α)などの炎症性サイトカインの産生を促進し、これが子宮収縮や胎児発育に影響を与えると考えられています。 Offenbacherら3)は、妊婦における重度の歯周病が早産や低出生体重児を生むリスクを7倍以上に高めることを示しました。また、Scannapiecoらのメタアナリシス4)では、妊婦における歯周病と早産・低出生体重児との間に有意な関連があることが確認されました。また妊娠中の食事が腸内環境に影響を与え、炎症を惹起し早産等の影響することも指摘されています。
妊娠中の口腔衛生管理は重要なのはもちろんですが、妊娠の可能性がある段階、さらに言えば思春期以降の歯周炎の予防は、妊娠の合併症リスクを低減するためには必須といえるでしょう。
・肝機能と歯周病・腸内環境
肝臓疾患が歯周病のリスクを増加させることを示す研究が増えてきています。肝臓は全身の免疫調節に重要な役割を果たし、肝機能が低下すると、免疫系の異常が歯周病の進行を促進する可能性があります。また、歯周病による慢性炎症が肝臓に悪影響を及ぼし、肝臓疾患を悪化させることも報告されています。
Aguiar らのシステマティックレビュー5)によれば、NAFLD 患者は NAFLD のない患者と比較して歯周病を発症する可能性が 91% 高いことを示しています。また、Rinčićらの研究6)によれは、肝硬変患者は肝硬変のない患者よりも歯周病の臨床パラメータがかなり不良であることが疫学研究で実証されています。肝硬変患者の歯周病治療は、口腔および腸内微生物叢、全身性炎症の経過、肝硬変の予後因子、および認知機能を改善する可能性があることが報告されています。
腸内環境の悪化は腸管透過性を亢進させ、門脈を介して肝機能に影響します。肝臓疾患の管理においても歯周病の予防と治療が重要であり、口腔内の状態を確認することが求められます。
・認知機能と歯周病・腸内環境
歯周病による慢性炎症が、脳に影響を及ぼし、認知機能に悪影響を与えると考えられています。Sparks Steinらの研究7)では、歯周病原菌がアルツハイマー病患者の脳内に存在することが確認され、歯周病がアルツハイマー病の進行に関与している可能性が示唆されています。また、Ideらの研究8)では、歯周病が中年期における認知機能低下と関連しており、歯周病の管理が認知症予防に役立つ可能性があることが報告されています。歯周病の悪化防止が認知機能の低下を防ぎ、健康寿命を延伸の一助となる可能性があります。
・脳血管疾患と歯周病・腸内環境
歯周病が脳血管疾患、特に脳卒中のリスクを増加させる可能性があることが複数の研究で示されています。歯周病による慢性炎症が血管内皮にダメージを与え、動脈硬化を促進することで脳血管疾患の発症リスクを高めると考えられています。Senらの研究9)では、歯周病患者が脳卒中を発症するリスクが非歯周病患者に比べて有意に高いことが報告されました。<図2>
図2 15年以上にわたる追跡の結果、歯周病の有無で虚血性脳血管疾患の発生率が有意に変化することが明らかに。文献9より引用改変
またLengらのメタアナリシス10)では、歯周病が性別に関わらず脳血管疾患のリスクを高めることが確認されています。
これらの研究は、歯周病の管理が脳血管疾患の予防に重要であることを強調しています。
おわりに
今回ご紹介した研究成果は、非常に重要ではありますが最新のものとは限りません。これらの知見をもとにして、口腔と腸、脳の密接な関係を示す論文は日々増え続けています。情報収集を常に欠かさないことが求められています。
【参考文献】
- Lalla, E., & Papapanou, P. N.: Diabetes mellitus and periodontitis: A tale of two common interrelated diseases, Nature Reviews Endocrinology, 7(12): 738-748, 2011.
- Larsen, N., Vogensen, F. K., van den Berg, F. W., Nielsen, D. S., Andreasen, A. S., Pedersen, B. K., ... & Jakobsen, M.: Gut microbiota in human adults with type 2 diabetes differs from non-diabetic adults, PLoS One, 5(2): e9085, 2010.
- Offenbacher, S., Katz, V., Fertik, G., Collins, J., Boyd, D., Maynor, G.,Beck, J.: Periodontal infection as a possible risk factor for preterm low birth weight, Journal of Periodontology, 67(10s): 1103-1113, 1996.
- Scannapieco, F. A., Bush, R. B., & Paju, S.: Periodontal disease as a risk factor for adverse pregnancy outcomes: A systematic review, Annals of Periodontology, 8(1): 70-78, 2003.
- Inácio Lima Silva Aguiar, Larissa Souza Santos-Lins, Rebeca Brasil-Oliveira, Helma Pinchemel Cotrim, Liliane Lins-Kusterer,: Non-alcoholic fatty liver disease and periodontal disease: A systematic review and meta-analysis of cross-sectional studies.Arab Journal of Gastroenterology,Volume 24, Issue 4, 2023.
- Rinčić, G., Gaćina, P., Virović Jukić, L., Rinčić, N., Božić, D., & Badovinac, A.: ASSOCIATION BETWEEN PERIODONTITIS AND LIVER DISEASE, Acta Clin Croat, 60(3): 510-518, 2022.
- Sparks Stein, P., Steffen, M. J., Smith, C., Jicha, G., Ebersole, J. L., & Abner, E.: Serum antibodies to periodontal pathogens are a risk factor for Alzheimer's disease, Alzheimer's & Dementia, 8(3): 196-203, 2012.
- Ide, M., Harris, M., Stevens, A., Sussams, R., Hopkins, V., Culliford, D., Holmes, C.: Periodontitis and cognitive decline in Alzheimer’s disease, PLOS ONE, 11(3): e0151081, 2016.
- Sen, S., Giamberardino, L. D., Moss, K., Morelli, T., Rosamond, W. D., Gottesman, R. F., Beck, J.: Periodontal disease, regular dental care use, and incident ischemic stroke, Stroke, 49(2): 355-362, 2018.
- Leng Y, Hu Q, Ling Q, Yao X, Liu M, Chen J, Yan Z, Dai Q. Periodontal disease is associated with the risk of cardiovascular disease independent of sex: A meta-analysis. Front Cardiovasc Med. 27;10:1114927,2023.
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