オーソモレキュラー医学・アンチエイジング医学を自分の臨床の軸に据えるようになって足かけ13年となりました。当時、特に歯科領域ではこの分野への注目度は高くなく、当初数年は「歯科でアンチエイジング?サプリメント?」と怪訝な顔をされることも珍しくありませんでした。しかし最近は外来にみえる患者さんも「若さを保つには歯は大事ですよね」とおっしゃる方や自らサプリメントを選び摂取している方が多くなり、隔世の感があります。
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宇宙と宇宙を繋ぐ(1)プロローグ フローラの健康と環境の健全
歯科領域のアンチエイジング医学は近年普及が進みました。腸内環境(腸内フローラ)が全身の健康に大事なことはご存じの方が多いですが、口の中(口腔内)の細菌の状態が腸内環境や中枢神経の機能(認知機能)を通じて全身の健康に大きく影響することも分ってきています(口腔脳腸相関Ⓡ)。腸内の細菌の状態は人種・地域により違いがあり、食事、生活習慣、年齢、ストレスなど様々な状況で変化します。新型コロナ感染症の流行に加え、がん・糖尿病・循環器疾患などの非感染性疾患も蔓延し、それらが相互にリスクを高めています。そこに社会的要因の悪化が加わった状況がシンデミックと呼ばれています。ヒト、動物、環境の健康を同じ視点で考える「ワンヘルス」を目指すことは、ひいては地球全体の健全さであるプラネタリーヘルスに通じるものです。マクロの地球の健全性は、ミクロ的には口腔や腸の健康を出発点とするのかも知れません。
「アンチエイジング医学の新たな鍵」
10年ほど前より、日本に先んじて米国などでは「腸内環境を良好に保つことは老化を制御する鍵となる」ということが注目され、米国アンチエイジング医学会(A4M)の大きなテーマとなり、現在も一貫して重要なトピックであり続けています。それに加えて、口腔内の細菌叢(Oral Microbiota, OM)と慢性炎症のコントロールが腸内環境(Intestinal Microbiota, IM)や認知機能に代表される中枢神経(CNS)の機能にも影響するというエビデンスが集積されるに至っています1)。
CNSとIMの関連性はそれ以前より「脳腸相関」として専門家には広く認知されていますので、そこにOMを加えた「口腔脳腸相関Ⓡ」が抗老化・健康寿命延伸のkeystoneとなるという認識が生まれてきているのです。
細菌はどこから来るの
では、それらの細菌はどこから来るのでしょうか? 世界的にみるとIMは個々の細菌レベル、属レベルで人種・地域によりかなりの相違がみられ、とりわけ日本人のIMは特徴的であると言われています(図A・B・C/12ヵ国における人間の腸内微生物群の集団レベルの多様性プロット)2)。また個人レベルでも食事、生活習慣、年齢、ストレスなど様々な状況で変化することが分っています。つまりヒトと細菌の共生関係は個人の内的状況だけを一時点で切り取って理解できるものではなく、外的な気候なども含めたどのような生活環境に身を置いているか、どのような過程で食卓に上ってきた食物を口にしているのか、その食材を生んだ水や土、大気の状態はどうであったのか。そういうことから目を背けていては、現代人が真の健康を手に入れることは難しくなったように感じています。
(図A)12カ国における人間の腸内微生物群の集団レベルの多様性のプロット。各円は個々の微生物組成を表し、各色は出身国を表す。省略された国名の位置は各国の平均的な微生物組成。
Denmark (DK), Spain (ES), USA (US), China (CN), Sweden (SE), Russia (RU), Venezuela (VE), Malawi (MW), Austria (AT), France (FR), Peru (PE)
(図B)同一国内の個人および異なる国間の微生物組成のピアソンの相関係数の比較。異国間よりも同一国内の方が相関関係が深い。
(図C)randomForestモデルからの各国のROC曲線とAUC値。AUC値が大きい(最大値は1)ほど他国との峻別の角度が上昇する
もちろん、病態改善のために最適な量(至適量)の栄養素を積極的に使うというオーソモレキュラー医学は多くの奏功事例を生んでおり、その概念を否定するものでは全くありません。しかし、その治療が奏功するか否かは、それを受け入れる「小宇宙」であるヒトの生体システムに左右されます。栄養療法の成功のためには、ヒトの10倍の遺伝子をもつ細菌たちとのより良い共生関係をいかに整えられるかにかかっているのではないでしょうか。
「シンデミックからワンヘルスへ:プラネタリーヘルスの視点から」
ひとまずの落ち着きを取り戻しているとはいえ、新型コロナ感染症のパンデミックは私たちの日常に依然として大きな影を落としています。その一方で、がん・糖尿病・循環器疾患・呼吸器疾患・メンタルヘルスなどに代表される非感染性疾患(NCDs)も蔓延しエピデミックな状況を呈しており、それらが累積的に絡み合い、相互にリスクを高めています。そこに独居や貧困、フードシステムの悪化などの社会的要因が加わった状況を、近年はシンデミック(Syndemic)と呼び警鐘を鳴らしています3)。そこで取るべき対策はヒト、動物、環境の健康(健全性)に関する分野横断的な課題である「ワンヘルス」の実現であり、ひいては地球全体の健全さであるプラネタリーヘルスに通じるものです。広大な環境システムである惑星の健全性は、ミクロ的には口腔や腸の健康を出発点としていると考えるのは、ちょっと大げさかも知れませんが、あながち的外れではないように思います。
おわりに
2025年に開催される大阪・関西万国博覧会(EXPO2025)は予算などをめぐり物議を醸していますが、皆様はその理念にお目を通されたことはあるでしょうか。あまり明るい話題を聞かない万博ですが、その開催理念4)については生命・健康に関わる私たちが考えていかなければならない要素が多く含まれています。ごく一部の抜粋ですがご紹介します。
「私たちのいのちは、宇宙・海洋・大地に支えられ、互いに繋がりあって成り立っている。私たちには、人類が生態系全体の一部であることを真摯に受けとめるとともに、自らが生み出した科学技術を用いて未来を切り開く責務があることを自覚し、行動することが求められる。そうすることによって、私たち人類は持続可能な未来を構築することができるにちがいない」
今回、JSOMより連載執筆の機会を頂きました。臨床の話題はもちろんですが、健康を増進、創造していくために広い視野でどのようなことを考え実践していくべきか、文章にまとめていければと考えています。
【参考文献】
1) Narengaowa, Kong W, Fei Lan, et al. The Oral-Gut-Brain AXIS: The Influence of Microbes in Alzheimer's Disease. Front Cell Neurosci. 2021 Apr 14;15:633735.
2) Nishijima S, Suda W, Oshima K, et al. The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness. DNA Res. 2016 Apr;23(2):125-33.
3) 櫻井健一. Syndemicという視点. 千葉医学 97:109-111,2021
4) 大阪・関西万博の理念とテーマ事業の考え方(公益社団法人2025年日本国際博覧会協会) https://www.expo2025.or.jp/overview/philosophy/
森永 宏喜 (モリナガ ヒロキ)先生の関連動画
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