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48時間の命!と宣告された母親の命を救ったビタミンCとオーソモレキュラー医学

この記事の執筆者

SPIC Clinic

一般社団法人日本オーソモレキュラー医学会代表理事。スピッククリニック名誉院長。 杏林大学医学部卒、同大学院修了。 医学博士。杏林大学保健学部救急救命学科教授を経て、2008年より国際統合医療教育センター所長。2011年国際オーソモレキュラー医学会殿堂入りし、2012年より国際オーソモレキュラー医学会会長。

目次

    今、パトリック・モーア氏におきた出来事がオーソモレキュラーに関わっている人々の話題になっています。モーア氏は博士号を持つ伝統的な自然療法の専門医です。彼は地元コネチカット州のイエール・ニューへーブン病院において、14年間にわたり看護師に自然療法を教えるセミナーを開き、テレビの健康番組のレギュラーを務めていました。

    <写真1>パトリック・モーア氏

    モーア氏の母親が手術後に重症感染症

    モーア氏の母親のフローレンスさんは3週間前にイエール・ニューへーブン病院に入院し、大腿骨頚部骨折の修復手術を受けました。彼女は70歳で昔から病気がちで、家事や外出にも不自由し、とても健康的とは言えない食事生活をしていたために、栄養状態も低下していました。フローレンスさんは手術後から感染症に罹患し、全身状態は急速に悪化してしまいました。呼吸状態も悪く、とうとう気管内挿管をされて集中治療室(ICU)へ入室したのです。しかし、全身状態はさらに悪くなり、感染も広がっていきました。

    さて、モーア氏の母親が入院したイエール・ニューへーブン病院は、イエール大学医学部の教育関連病院で、米国の医学教育病院として最高ランクに格付けされているほど有名です<写真2>。病院のICUの医療チームのレベルの高さも定評があります。

    <写真2>米国の医学教育病院として最高ランクに格付けされているイエール・ニューへーブン病院

    重篤状態の母親の生命は48時間

    ICUの医療チームはフローレンスさんに気管切開をして生命維持人工呼吸器に繋げましたが、病状の好転は全く見られず、むしろ彼女の全身状態はどんどんと悪化していきました。医療チームは成人呼吸窮迫症候群(ARDS)と診断、重要臓器に炎症が広がり、十分な酸素を供給できない状態であり、もはや2日間も生きられないほど重篤であると家族に次のように告げました。

    「私たちはあなたの母親を救うために、知る限りの手を尽くしました。しかし何ら効果はありませんでした。まことに残念ですが、我々には彼女を助ける手立てはもはやありません。」

    <写真3>イエール・ニューへーブン病院集中治療室(ICU)の医療チーム(同病院のウェブサイトより掲載)

    主治医の許可を得て母親にビタミンCを投与

    モーア氏はこの話を聞いて、少し考えてから主治医に尋ねました。

    「もし、医療チームの皆さんがあらゆる手を尽くしたとおっしゃるのでしたら、私に試してみたい治療があるので、許可をいただけませんか。それはビタミンCです。もはや母は助からないのですから、何かおきても、これ以上失うものはありません。」

    彼には「必ず何かできることがある、母親は免疫欠乏症候群の状態に違いない」という確信がありました。そして、母にビタミンCを始めとし、理想的な栄養素を補給できたならば、母親の持っている免疫能力が蘇り、自らの力で治癒が促進、修復していくと考え、医療チームに何が何でもと頼んだのです。

    モーア氏はそのときのことを回想し、次のように話しています。

    「たぶん、主治医は私を気の毒に思い、無害なビタミンCの投与を了承すれば私が納得して、それ以上は何も言わなくなるだろうと踏んでいたのだと思います。主治医はビタミンCを母に投与することを承諾しましたが、私の密かな企みにはまだ気付いていませんでした。」

    彼はICUのナースに直接治療の指示をする許可をもらいました。最初の指示は、ビタミンC 500mgを2時間ごとに静注することでした。1日の総量は12,000mgになります。

    彼女は48時間の壁を越えて回復した

    ビタミンCの投与を開始し、主治医がこれ以上は生きられないと宣言した48時間の壁を越えましたが、フローレンスさんは生き続けていました。
    3日目から少しですが回復の兆しが見えてきました。4日目から6日目には、着実に快方に向かい、血液検査や血液ガス分析も改善しています。この素晴らしい変化にICUの医療チームも驚いていました。

    7日目になり、モーア氏は承諾を得てL−グルタミン15gの1日2回投与を開始しました。L−グルタミンは免疫力回復の鍵を握る大事なアミノ酸です。

    10日目には、投与中の抗生物質による副反応でバランスが崩れている腸内細菌叢を修復するためにプロバイオティクスの投与を始めました。この時にはフローレンスさんの意識はクリアとなり、主治医は人工呼吸器の離脱訓練を開始しました。

    その後の2週間、モーア氏は許可を得て10種類以上の様々なサプリメントをフローレンスさんに与えました。サプリメントは、(1)免疫力の増強、(2)炎症の抑制、(3)循環と酸素供給の改善、(4)感染の抑制を考えて選択されました。具体的には消化酵素、高オメガ3オイル、アセチルシステイン、コエンザイムQ10、亜鉛、ビタミンE,セレン、ゲルマニウム、ショウガ、ニンニクとタマネギのエキス、ビタミンB12、複合ビタミンB、アップルサイダーなどです。全て液体、粉末もしくはカプセル製剤であり、水に溶いて胃管から投与されました。

    主治医が栄養プログラムの中止を指示

    この頃になると、フローレンスさんは1日8時間ほど人工呼吸器を外していることができました。ところが主治医が肝臓の酵素値が上昇してきたと言って彼女の栄養プログラムとサプリメントを中止したのです。主治医は肝臓の酵素値の上昇は自分が処方した薬のせいではなく、ビタミンが犯人であると考えたのです。

    たった2日間、栄養プログラムを中止しただけでフローレンスさんは体力が落ち、人工呼吸器を20分以上外すことができなくなりました。そして3日目から栄養プログラムを再開、フローレンスさんは再び回復を始めました。そして1日18時間も人工呼吸器を外して自力呼吸で過ごせるようになったのです。

    しかし、何ということか、主治医は膵臓の酵素であるアミラーゼが軽度上昇しているのを見て、これまた栄養プログラムのせいだとして中止を指示したのです。続くたった2日間でフローレンスさんは体力が落ち、人工呼吸器も1時間しか外せなくなったのです。

    無事に回復して退院へ

    ここに来てICUの医療スタッフは、栄養プログラムこそがフローレンスさんをここまで回復させたのだと確信を持ちました。モーア氏は栄養サポートプログラムについてナースに詳しく解説しました。こうして全てのICUのナースはモーア氏の側についてくれたのです。なぜならフローレンスさんのおかげで、この栄養プログラムの効果を自分の目で目撃したからです。

    その後2〜3週でフローレンスさんは人工呼吸器から完全に離脱し、ICUから回復病棟に移ることができました。さらに2〜3週でリハビリ病棟に移り、数週間後には自宅に戻りました。

    おわりに

    モーア氏は最後に次のように述べています。

    「私はビタミンCや様々な栄養、そしてその礎となるオーソモレキュラー医学にほんとうにありがたく思っています。私の母は『48時間の命』と診断されたのに、その後なんと12年間も生きました。私にビタミンC療法を教えてくれたライナス・ポーリング博士に心から感謝をしています!」


    <参考資料>




    ※本記事内容は、『統合医療でがんに克つ』VOL.131(2019年5月)p.34〜35を転載したものです。